二十年前に当時のサッチャー英首相が「自分自身を明確な英語で表現できなければならない子供たちが、政治スローガンを教えられている。伝統的な道徳価値を尊重できなければならない子供たちが、自分たちが浮気する権利を持っていると教えられている」という演説をしたとき、苦笑したが、今の日本は状況が似てきてうなだれるばかりである。価値の多様化という腰のすわらぬ“価値観”のもと、子供たちの鍛錬の場が奪われている。道徳を教え、一人ひとりに与えられた賜物を生かし合う喜びの体験を積み重ねる場を与え鍛錬していくことは子供たちを充実した人生建設へと導いていく。  安倍内閣の時に発足した教育再生会議は道徳教育について重点的に議論し続けた。
  改正教育基本法第二条では「幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。」と、道徳心を培うことが教育の目標としてとりあげられた。教育再生会議の第一次報告では「すべての子供に規範を教え、社会人としての基本を徹底する」として、形骸化している道徳の時間を確保し、保護者には親学を学ぶ機会を提供し、体験活動や地域の人々を招いた授業を実施するなど、学校、家庭、地域の連携の中で道徳教育を充実させる働きかけをした。幸い改正教育基本法第十三条で「学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努めるものとする。」と家庭、地域、学校の連携がしっかりと記されたため、現在「放課後子どもプラン」として全国の全公立小学校に一校あたり約四四〇万円の地方交付金がつき、一万六千校で地域の人々が参加してくださり、人間関係を築く力をつけるプログラムが展開されている。 また、小学校での一週間の農業、自然体験活動、中学校での一週間の職場体験活動を全国の全公立学校で実施するための予算についても二年続けて計上し、体験学習の輪は全国に広がっている。  

  正直、親切、勤勉、チャレンジ精神、親孝行など、日本人は美しい徳をもった民族である。こうした美徳を身につけ、感性を豊かに育むためには伝統文化や習俗に接することを大切と考え、教育再生会議第一次報告には「子供たちに、古典や偉人伝などの読書、民話や神話、おとぎ話、童話、茶道、華道、書道、武道などを通じて、徳目や礼儀作法、形式美、様式美を身に付けさせる」と明記した。次の第二次報告では、さらに踏み込んで「徳育を教科化し、指導内容、教材を充実させる」と明記した。教科にするためには、点数での評価や教科書、中学校では指導のための専門の免許がいるとされるが、そのあたりは柔軟に対応し、評価は自由とし、多様な教材を作り、地域の人々や各分野の人材が教壇に立つことを促進するなどとしたが、それでも現在までのところ、中央教育審議会の理解が得られていない。また、昭和三十年代から道徳教育に反対している日教組の幹部の方とも話し合ったが「正直や親切を教えることに反対ではないが、ザ・価値観の押しつけには反対です」という理解に苦しむ答えであった。さまざまな学校の道徳の時間を参観に行ったが、イデオロギー教育や偏向の激しい教育をしているところや“自己実現しましょう”などという抽象的すぎる授業や、文章を読んで感想を語り合うだけで、人間社会において守るべき規律や倫理観を教え育成することには腰を引いているように思える。高等教育段階にあっては、自由や多様性を考えさせるのも良いだろうが、初等教育段階では、立派な価値や規律、ルールを大人が自信をもって、時に或る種の強制力をもってしても教えることが、良き人生と人格形成のためには必要であると考える。  
  教育学会やマスコミなどでは今も徳育の教科化に賛否両論あるが、現状を見れば待ってはいられない。この夏の概算要求で、道徳教育のための副教材として四七億円の予算がつけられた。最近の脳科学の知見では、特に乳幼児期にたっぷり抱かれ、親や周囲の人を信頼することが脳の発達、意欲をもつことにつながるという。

  私はわが家の三人の子供たちが小さい頃、子供たちには“人生のあいうえお、をしっかりね”と言っていた。“あ”は、愛情豊かな人になるように。“い”は、意欲のある人に。 “う”は、美しい仕草、生き方をする人に。“え”は、笑顔のある人に。“お”は、恩を忘れずに、恩返しのできる人にと。はてさて、どのくらいできるようになったかは心もとないが、私が親から幼い頃受けたように、人間には目指すべき上等な生き方があることだけは何とか伝えたいと努力した。学校では道徳の時間だけでなく、国語、社会、音楽、体育、美術、英語、総合的な学習の時間なども関連付けて、広く徳育を充実していくよう学習指導要領の改訂もなされた。家庭と地域社会と連携しながら、子供たちが心と体の調和のとれた、社会の中で自分の役割を実感できる人間となってほしいと願っている。

『意』No.166

夫婦別姓

戦後教育の光と影

ジェンダー

教育基本法

家庭の役割

教科書問題