追悼懇報告書を巡る動き

  首相の参拝と共にその動向が注目されている靖國神社に代わる国立追悼施設建設問題については、元日の首相の参拝を受けて、6日、福田官房長官が、「せっかく造ったのに(国民から)石を投げられるという状況の中ではいけない。理解が進んだときに造るべきだ。いずれ必要となることもあると思うが、今は考えていない」と述べ、現時点では時期尚早との考えを示したことから一応の収束を見た。
  それにも拘わらず、公明党神崎代表は2月10日に訪中した際、中国胡錦濤国家主席、唐国務委員との会談で、首相の靖國参拝に反対する公明党の立場を説明し、国立追悼施設建設に積極的に取り組む旨伝えた。また、最大野党の民主党も追悼施設建設の方針を変えていない。
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 追悼・平和記念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会報告書

第1 はじめに

  本懇談会は、昨年12月14日、内閣官房長官から、何人もわだかまりなく戦没者等に追悼の誠を捧げ平和を祈念することのできる記念碑等国の施設の在り方について、国の施設の必要性、種類、名称、設置場所等につき幅広く議論するよう要請を受け、今日までおよそ1年をかけて検討を重ねてきた。本報告書は、その検討結果をまとめたものである。
  もとより、本懇談会で検討した事項は、いずれも、国民的な議論を踏まえ、最終的には政府の責任において判断されるべき重要な事柄である。
  本懇談会としては、21世紀を迎えた今日、国を挙げて追悼・平和祈念を行うための国立の無宗教の恒久的施設が必要であると考えるに至ったが、施設の種類、名称、設置場所等の検討項目については、実際に施設をつくる場合にその詳細を検討すべき事柄であることから意見を取りまとめるのは時期尚早であると考え、将来、施設をつくることとなった場合の議論の参考に資するため、施設の概要を指摘するにとどめることとした。


第2 追悼・平和祈念施設の必要性

1. なぜ、今、国立の追悼・平和祈念施設を必要とする時期が来たと考えるのであろうか。
  日本の戦後に即して言えば、先の大戦の終結を意味する講和・独立から約半世紀、そしていわゆる冷戦終結から約10年がたち、グローバル化の進む中、新たな国際社会形成の動きが見られるようになっている。また、いわゆる9・11テロに見られるような世界平和への新たな挑戦が生まれている現在、平和についての国民の関心も高まってきている。さらに、近隣諸国等も、国際社会における日本の今後の在り方に注目している。
  このように、日本をめぐる内外の環境は大きな変革期の真只中にある。こうして迎えた21世紀の初頭であるからこそ、「戦争と平和」にこれまで以上に思いを致し、日本が平和を積極的に求め行動する主体であることを、世界に示す好機と考える。
  国内においても、とりわけ戦争も戦後の混乱等も知らない世代が国民の大半になることが予想される今こそ、この若い世代へ向けて、「戦争と平和」に思いを巡らし、「平和国家」日本の担い手としての自覚を改めて促す節目のときに違いない。
  要するに、国際社会の中で自ら一人のみで生きる国家という在り方がもはや困難になっている今日、日本は、他国との共生を当然の前提としつつ、追憶と希望のメッセージを国家として内外に示す必要がある。

2. ではなぜ国家がそのようなメッセージを示すのに施設をつくる必要があるのであろうか。
  そもそも国家は多様な機能を持っており、時と場合によって国民に様々な作用を及ぼす。中でも、戦後の日本国家は、国民の生命、財産等に関し基本的人権を戦前の日本国家よりもはるかに明確に保障し、日本国憲法の下で「平和国家」として再生した。したがって、平和こそが日本の追求すべき国益であることが自明の理となった。
  にもかかわらず、「戦争と平和」に関する戦前の日本の来し方について、また、戦後の国際的な平和のための諸活動の行く末について、戦後の日本はこれまで国内外に対して必ずしも十分なメッセージを発してこなかった。 そこで、日本が、国際的な平和のための諸活動はもとより、国際平和の構築へと積極的な一歩を踏み出そうとしている今日、21世紀の日本は国家として平和への誓いを内外へ発信すべきである。
  この未来への平和構築への活動を精神的に保障するものとして、当然のことながら、過去の戦争への深い思いが厳然として存在する。
  言うまでもなく、明治維新以降日本の係わった対外紛争(戦争・事変)(以下、「戦争」と略称)における死没者は極めて多数に上る。
特に、苛烈を極めた先の大戦では、幾多の尊い生命が失われただけでなく、一命をとりとめた者にも、生涯癒すことのできない深い傷跡と後遺症を残し、今なお数多くの人々に深い苦しみと悲しみを与えている。
  また、戦後、日本は、日本国憲法に基づき、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、日本と世界の恒久平和を希求するようになったが、その後も日本の平和と独立を守り国の安全を保つための活動や日本の係わる国際平和のための活動における死没者が少数ながら出ている。
  私たちは、このような事実を決して忘れてはならず、日本の平和の陰には数多くの尊い命があることを常に心し、日本と世界の平和の実現のためにこれを後世に継承していかなければならない。
  先の大戦による悲惨な体験を経て今日に至った日本として、積極的に平和を求めるために行わなければならないことは、まずもって、過去の歴史から学んだ教訓を礎として、これらすべての死没者を追悼し、戦争の惨禍に深く思いを致し、不戦の誓いを新たにした上で平和を祈念することである。
  これゆえ、追悼と平和祈念を両者不可分一体のものと考え、そのための象徴的施設を国家として正式につくる意味があるのである。
 
3. 同時に注意すべきは、日本は、民主主義国家として当然ではあるが、国家として歴史や過去についての解釈を一義的に定めることはしない。むしろ国民による多様な解釈の可能性を保障する責務を持つ。したがって、国民は、一人一人の心の中にある個性豊かな「戦争と平和」の思いを、国が提供する追悼・平和祈念の象徴的施設に赴くことによって、改めて認識し直す契機を持つこととなる。
  総じて言えば、この施設において、国民は一人一人、死没者を悼み、戦争の悲惨を思い、平和構築への思いを新たにすることになる。
 
4. かくて、何人もわだかまりなくこの施設に赴いて追悼・平和祈念を行うことが、ごく自然の国民感情として可能となると思われる。


第3 追悼・平和祈念施設の基本的性格

1. この施設は、日本に近代国家が成立した明治維新以降に日本の係わった戦争における死没者、及び戦後は、日本の平和と独立を守り国の安全を保つための活動や日本の係わる国際平和のための活動における死没者を追悼し、戦争の惨禍に思いを致して不戦の誓いを新たにし、日本及び世界の平和を祈念するための国立の無宗教の施設である。
 
2. 日本と世界の平和を実現したいという日本国民の希望を今こそ国の名において内外に明らかにすべきであると考えた理由は、前述のとおりであるが、ただ平和を祈念するだけでは単なる願望にとどまってしまう。
  平和祈念は、当然、将来に向かって平和の実現のために努力するという意志を内容とするものでなければならない。そのためには、バランスの取れた安全保障政策並びに様々な国際的な平和構築の活動を行うことによって、国として武力行使の原因となる諸要因を除去することに全力を挙げるという決意を明らかにしなければならない。
  このような平和祈念は、日本人としては当然過去に日本が係わった戦争の惨禍に思いを致すところから出発することになろう。その残酷さ、悲惨さは、直接体験した者でなくとも、よく考えれば推察できるところであろう。しかし、その中で最も重要なのは、戦争により掛け替えのない命を失った非常に多くの人のことである。その死の持つ意味の深刻さは、単に本人のみにとどまるものではない。大切な人を失った家族の悲しみ、生活上の困窮などにまで思いを致さなければ、その本当の意味は理解できないであろう。今平和の真只中にある私たちにとっては、そのような事実を直視し、その死を思って胸を痛めること、すなわち追悼することなしには本当の平和の意味も分からないのではないか。これらを踏まえてこそ、不戦の誓いや平和祈念に深さが出てくるのである。
 
3. 追悼の対象は、国のために戦死した将兵に限られない。空襲はもちろん、戦争に起因する様々な困難によって沢山の民間人が命を失った。これらの中には既存の慰霊施設による慰霊の対象になっていない人も数多い。
  さらに、戦争の惨禍に思いを致すという点では、理由のいかんを問わず過去に日本の起こした戦争のために命を失った外国の将兵や民間人も、日本人と区別するいわれはない。戦後について言えば、日本は日本国憲法により不戦の誓いを行っており、日本が戦争することは理論的にはあり得ないから、このような戦後の日本にとって、日本の平和と独立を害したり国際平和の理念に違背する行為をした者の中に死没者が出ても、この施設における追悼対象とならないことは言うまでもない。
 
4. この施設における追悼は、それ自体非常に重いものであるが、平和祈念と不可分一体のものであり、それのみが独立した目的ではない上、「死没者を悼み、死没者に思いを巡らせる」という性格のものであって、宗教施設のように対象者を「祀る」、「慰霊する」又は「鎮魂する」という性格のものではない。したがって、前述のような死没者一般がその対象になり得るというにとどまり、それ以上に具体的な個々の人間が追悼の対象に含まれているか否かを問う性格のものではない。祈る人が、例えば亡くなった親族や友人を悼むことを通じて戦争の惨禍に思いを馳せ、不戦の誓いを新たにし、平和を祈る場としての施設を考えているのである。
 
5. この施設は、国が設立する施設とすべきであるから、日本国憲法第20条第3項及び第89条のいわゆる政教分離原則に関する規定の
趣旨に反することのないよう、宗教性を排除した性質のものでなければならない。これは、何人もわだかまりなく追悼・平和祈念を行うことができるようにする観点からも要請されることである。
  しかしながら、施設自体の宗教性を排除することがこの施設を訪れる個々人の宗教感情等まで国として否定するものでないことは言うまでもなく、各自がこの施設で自由な立場から、それぞれ望む形式で追悼・平和祈念を行うことが保障されていなければならない。


第4 追悼・平和祈念施設と既存施設との関係

  我が国にはいわゆる戦没者追悼の重要な施設として、靖国神社、千鳥ヶ淵戦没者墓苑がある。本懇談会は、新たな国立の施設はこれら既存の施設と両立でき、決してこれらの施設の存在意義を損なわずに必要な別個な目的を達成し得るものであると考えた。その理由は、以下のとおりである。
 
1. 靖国神社の社憲前文によれば、靖国神社は、「國事に殉ぜられたる人人を奉斎し、永くその祭祀を斎行して、その「みたま」を奉慰し、その御名を万代に顕彰するため」「創立せられた神社」とされている。これに対し、新たな国立の施設は、前述のような死没者全体を範疇とし、この追悼と戦争の惨禍への思いを基礎として日本や世界の平和を祈るものであり、個々の死没者を奉慰(慰霊)・顕彰するための施設ではなく、両者の趣旨、目的は全く異なる。
  また、靖国神社は宗教法人の宗教施設であるのに対し、新たな施設は国立の無宗教の施設である。この性格の違いは、異なった社会的意義を保障するものである。
 
2. 千鳥ヶ淵戦没者墓苑は、遺族に引き渡すことができない戦没者の遺骨を納めるために国が設けたものであり、ここに提案する新たな国
立の施設とは、前同様に趣旨、目的は全く異なる。


第5 追悼・平和祈念施設をつくるとした場合の施設の種類等

1. 施設は大型の建造物ではなく、むしろ住民が気楽に散策できるような明るい公園風のスペースで、かなり大規模な集会ないし式典ができるような広場が在り、その一角に追悼・平和祈念にふさわしい何らかの施設が在ることが望ましい。
 
2. できれば都心あるいはその近くに在ることが望ましい。
 
3. 従来戦争や宗教に係わりのあった場所でないことが望ましい。
 
4. 名称については、趣旨を明らかにした上で公募したらどうか。
 
5. この施設において政府主催の式典を行うかどうか、行うとして、どのような式典をいつ行うのかについては、政府で決定することが望ましい。


参考意見

  懇談会の委員であった坂本多加雄氏は、審議途中の本年10月29日に逝去され、懇談会の意見取りまとめに参加することができなかった。し
かしながら、坂本委員の意見については、懇談会において各委員ともこれを十分踏まえ議論を行ったことを付記したい。
  以下、生前、坂本委員が懇談会において表明された意見を掲げる。
  まず、坂本委員は、終始一貫、新たな国の施設の必要性について反対する意見を表明されていた。この点を明確にした坂本委員御自身の手になる理念(案)は、次のとおりである。


理念(案)

   国の危機に殉じた人々を追悼し、顕彰することは、世界各国の国民に共通する普遍的な徳であり意志である。それ故、各国の政府は、そうした国民的な徳と意志を代表して、その国の伝統的・歴史的な形式に即して、しかるべき追悼の施設において追悼の行事を主催している。日本の場合、靖国神社は宗教法人法上は一民間宗教団体であるが、国民の大多数の意識の上では、まさしくそうした追悼のための公的施設であったし、現にそうである。政府は同神社への首相参拝その他の形で公的な追悼の義務を果たすべきである。(したがって、官房長官の「国内向け」という観点からして、新しい施設建設の必要性・必然性はないと考える)。
  国際化の中での新施設の在り方、追悼と平和祈念の関係について、坂本委員が懇談会において表明した発言要旨は、次のとおりである。
 
〈平成14年2月26日第3回懇談会〉

  19世紀のナショナリズムが現在相対化されているのは事実で、EUの問題とか、ナショナリズムだけでこの国際社会を乗り切る時代ではないことは明らかだが、一般に先進国を含めて戦没者の追悼施設、記念碑について、従来のいわゆる敬意を表する形態自体をこの国際化の時代であるから見直そうという動きが各国で出ていれば、それはついに国際化もここに及んだかということだが、そういうことはないと思う。
特に近隣諸国もそうで、韓国、中国でナショナリズムを超えた国際的な観点から戦没者を慰霊するような動きがあるわけではない。
  確かに一般論としてはナショナリズムの時代からインターナショナリズムの時代などというのはよく分かるが、戦没者追悼の形態というのは個々の国家の固有のものが多い。そういうときに、戦没者の追悼形式あるいは施設に関して現に新しいすう勢が起きているのかを考えなければならない。日本だけが仮にそういう新しいものを出すということの理由は何か。その場合は、まさに理念の問題を考えなければならない。
だから、私は国際化の一般論とこの追悼施設の在り方がというのは必ずしもダイレクトではないと思う。

〈平成14年4月11日第4回懇談会〉

 いかに平和をつくるかというのにはいろいろな道があって、国民全部が高い国防関心を持っているために、相方も攻めてこられないで平和になったこともあるので、一方的に受動的に平和を祈念して、戦争の犠牲者は気の毒だということだけ思っていれば平和になるというものでもない。だから、平和と追悼と並ぶのはいいが、往々にして今の文脈だと、一方的に「戦争の犠牲者である気の毒な人たちだ、こういう犠牲者を出さないために平和を祈念しましょう」という話になる。そのように受け取られる可能性は高いので、あまりその点では賛成しない。

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